次の越後姫シーズンを左右する数字
花芽分化指数3.2と3.5。
越後姫の定植日を決める難しさと、
高温化する秋のいちご栽培
早く植えたい。
でも、早すぎるのは怖い。
この数日の判断が、数か月先の収穫につながります。
この記事の要点
まずは4コマでどうぞ(笑)
「3.2と3.5です。」
数字を聞いてから、今年も悩み始めます(笑)

「調査の結果は、3.2と3.5です。」
「調査の結果は、3.2と3.5です。」
と言われました。
何の数字かというと、
花芽分化指数
を調べてもらった結果です。
花芽分化指数。
いちごを栽培していない方には、ほとんど聞くことがない言葉だと思います。
簡単にいうと、
いちごの苗の中で「これから花になる芽」が、どこまで作られているのかを数値化した目安です。
苗の一番中心にある生長点を取り出し、顕微鏡で確認します。
そして、花芽の形がどの段階まで進んでいるのかを評価します。
3.2とか3.5って、何を意味しているの?
花芽分化は、
「昨日までゼロだったものが、今日突然完成する」
わけではありません。
未分化の状態から、少しずつ生長点が変化して、花の各部分が形成されていきます。
その途中経過を段階ごとに評価したものが、花芽分化指数です。
ただし、ここで一つ注意があります。
花芽分化指数の数字の付け方は、
調査機関や資料によって
必ずしも同じではありません。
なので、他の資料に書かれている「指数3」と、今回の「3.2」を単純に比較することはできません。
今回の3.2、3.5は、私たちが調査をお願いしているところの基準に沿った数字として判断します。
そして、もう一つ大事なのが、
平均値だけで判断しないこと。
例えば平均3.5でも、全部の苗が3~4付近に揃っている場合と、進んでいる苗と遅れている苗が混ざって平均3.5になっている場合では意味が違います。
だから最終的には、
平均値。
個々の苗の分化段階。
苗全体の状態。
そこまで見ながら定植日を考えます。
そもそも、花芽分化は何がきっかけで始まる?
いちごの花芽分化は、単純に、
「9月になったから始まる」
というものではありません。
植物が周囲の環境を感じ取って、生長の方向を切り替えていきます。
一般的な一季成り性いちごでは、主に、
① 気温が下がる
暑い夏から気温が下がってくることで、花芽分化しやすい条件へ近づきます。
② 日が短くなる
一季成り性品種では、短日条件が花芽分化を促す重要な環境条件の一つです。
③ 苗の窒素状態が下がる
植物体の窒素濃度が高いと葉や茎を作る栄養生長が強くなりやすく、適切に窒素レベルを下げることも花芽分化を促す条件になります。
④ 苗そのものが花芽分化できる状態になっている
苗齢や株の充実度、育苗中の管理なども関係するため、温度だけを合わせれば必ず同じ日に分化するわけではありません。
つまり、花芽分化は、
温度 × 日長 × 栄養状態 × 苗の状態
といった複数の条件が重なって進んでいきます。
温度は、特に大きな条件の一つ
花芽分化の中でも、特に毎年気になるのが温度です。
一季成り性いちごについて行われた研究では、8時間の短日条件で、
「女峰」
「さちのか」
「とちおとめ」
などは、平均気温24℃以下で花芽分化が可能だったという結果があります。
ただし、同じ平均温度でも、
昼間30℃以上
または
夜間20℃以上
になると、花芽分化が遅れたり、未分化株が混じったりすることも確認されています。
これは越後姫そのものの試験ではないので、同じ温度をそのまま越後姫へ当てはめることはできません。
でも、
「平均気温だけではなく、昼間の高温や夜温も重要」
ということはよく分かります。
特に最近は、昼間だけでなく、夜になってもなかなか気温が下がらない日があります。
ここが花芽分化を考える上で、かなり厄介なんですよね。
だから、越後姫では冷蔵処理も使う
越後姫は、もともと花芽分化が比較的遅い品種です。
そこで苺の花ことばでは、低温環境を人工的に作る冷蔵処理を行っています。
苗へ低温条件を与えて、
「秋が来た」
ような環境を作り、花芽分化を促していくわけです。
実際、新潟県の越後姫でも、12℃の暗黒低温処理を25日間行い、花芽分化を促進して早期出荷につなげる研究があります。
その研究でも、定植前には顕微鏡で花芽分化程度を確認してから定植することが条件になっています。
つまり、冷蔵庫へ入れたから、
「はい、花芽分化しました!」
ではないんですよね。
処理したあと、本当に狙った段階まで進んだのかを見る。
そこが重要です。
「だったら、できるだけ早く植えればいいじゃん!」
ここまで聞くと、
「花芽が確認できたなら、できるだけ早く植えればいいじゃん!」
って思いますよね。
私も、できることなら早く植えたいです(笑)
早く定植する。
早く花が咲く。
早く収穫できる。
特にシーズンの早い時期に収穫量を確保したい農家にとって、数日の違いはかなり大きいです。
でも、ここで問題になるのが、
花芽がまだ不安定な状態で
高温に当ててしまうこと。
です。
現場でいう「花芽が飛ぶ」という怖さ
いちご農家では、
「花芽が飛ぶ」
という言い方をすることがあります。
簡単にいうと、期待していた花房がうまく上がってこない状態です。
もう少し専門的にいうと、分化したばかりで発達の浅い花芽が高温などに遭遇すると、その後の花芽発達が阻害されることがあります。
実際、農研機構の「さちのか」を使った試験では、花芽分化を誘導した苗を、
昼35℃/夜20℃程度
の高温環境へ数日間置くことで、花芽の発達が阻害されることが確認されています。
高温にさらされる期間が長いほど、影響も大きくなりました。
一方、昼25℃/夜20℃程度では、ほぼ問題が見られなかったという結果です。
もちろん、これは「さちのか」の試験なので、越後姫にそのまま同じ数字を当てはめることはできません。
ただ、
花芽分化した直後の高温は、
無視できない。
ということは分かります。
だから、
「花芽が少し見えたから、すぐ植えよう」
とは簡単にいかないんですよね。
じゃあ、安全のために遅く植えればいい?
ここで今度は、逆の考え方が出てきます。
「そんなに高温が怖いなら、もっと花芽分化を進めてから、遅く植えればいいじゃん。」
これも、その通りなんです。
安全側だけを考えれば、花芽をしっかり進めてから定植した方が安心です。
でも、今度は収穫時期が遅くなります。
苺の花ことばでは、現場での一つの目安として、
定植が1日遅れる
↓
収穫が約3日遅れる
という感覚を持っています。
もちろん、これは必ず毎年きっちり3倍になるという法則ではありません。
気温。
苗の状態。
定植後の活着。
その後の管理。
いろいろな条件によって変わります。
でも、たった数日の定植差が、収穫開始ではもっと大きな差になって現れることがあります。
3日遅く植えれば、収穫が1週間以上ずれる可能性だってある。
だから、簡単に遅らせることもできません。
早すぎても怖い。遅すぎても困る。
結局、毎年この時期に悩むのはここです。
早く定植する
収穫を前進できる可能性がある。
ただし、花芽の発達が浅い状態で高温へ遭遇するリスクもある。
遅く定植する
花芽の発達を待てるので安全側に寄せやすい。
ただし、収穫開始も後ろへずれやすい。
つまり、
早すぎず。
遅すぎず。
そのギリギリのところを探します。
……。
悩ましいですよね(笑)
そして、最近はこの判断がさらに難しくなっている
ここ数年、いちごを作っていて強く感じることがあります。
秋になっても、なかなか暑さが終わらない。
昔なら、
「9月になれば、そろそろ気温も落ちてくるだろう」
と考えられた時期でも、最近は30℃を超える日が続くことがあります。
これは感覚だけの話ではありません。
気象庁の長期データでは、日本の年平均気温は1898年から2025年までの間、
100年あたり約1.44℃上昇
しています。
さらに、いちごの花芽分化や定植時期と重なる9月だけを見ると、
100年あたり約1.49℃の上昇傾向。
そして、2023年。
2024年。
2025年。
この3年間が、9月の高温記録の1位から3位を占めています。
つまり、
いちごが「秋」を感じてほしい時期に、
秋がなかなか来ない。
そんな年が増えているわけです。
今年2026年も、7月はかなり暑かった
今年も同じです。
気象庁によると、2026年7月の日本の平均気温は、1991~2020年の平均と比べて、
+1.66℃
でした。
1898年の統計開始以降、4番目に高い7月です。
ちなみに1位は2025年。
2位が2024年。
3位が2023年。
そして4位が2026年。
直近4年間が、そのまま上位4位です。
こう見ると、
「今年だけたまたま暑かった」
とは考えにくくなってきます。
実際、全国のいちご産地でも花芽分化の遅れが出ている
さらに、農林水産省の調査を見ると、もっと現実的です。
2025年の高温による農作物への影響調査では、いちごの花芽分化の遅れが報告されています。
影響が確認された地域の割合は、
東日本
4〜5割
西日本
7〜8割
でした。
もう、
「暑い年は花芽が少し遅れることもある」
くらいの話ではないんですよね。
全国の産地で、実際に生産へ影響が出ています。
そして新潟県でも、今年すでに心配されている
さらに身近な話です。
新潟県が2026年8月に紹介した柏崎・刈羽地域の越後姫栽培でも、
今年の夏の記録的な高温によって育苗環境が厳しく、花芽分化の遅れが懸念されている
とされています。
つまり、これは遠くの産地の話ではありません。
同じ新潟県で、
同じ越後姫を作っていて起きている問題。
私たち自身も、まさに今、苗の温度を見て、冷蔵処理をして、花芽分化を調べながら定植日を考えています。
現場で感じていることと、数字として出ている気候の変化がつながっているんですよね。
植物生産で難しいのは「カレンダー通り」にいかなくなってくること
気温が上がると、農業で何が難しくなるのか。
私は一つ大きいのが、
日付と、植物の生育が
ズレやすくなること
だと思っています。
人間はカレンダーを見て、
「去年はこの日に定植した。」
「例年ならこの頃に花芽分化する。」
と考えます。
でも、植物はカレンダーを見ていません。
感じているのは、
温度。
日長。
水分。
栄養状態。
そして、それまで積み重なってきた環境です。
人間は「9月になった」と思っていても、
苗からすれば、
まだ「真夏」かもしれない。
これが、高温化した時代の植物生産の難しさなんだと思います。
今までの「適期」が、そのまま適期とは限らない
農業には、いろいろな適期があります。
播種の適期。
定植の適期。
花芽分化の時期。
収穫の時期。
これまで何十年も栽培する中で、その地域に合った暦が作られてきました。
でも気温そのものが変わってくると、過去の暦だけでは判断しにくくなります。
例えば、
昔なら9月上旬に十分涼しくなっていた。
でも今は、9月に入っても高温が続く。
そうなると、自然条件での花芽分化が遅れる。
定植日も遅れる。
収穫も遅れる。
さらに、無理に早く定植すれば高温の影響を受ける。
高温になるほど、
「早く植えたい」と
「まだ植えるのは怖い」の間が狭くなる。
この判断の難しさが増しているんですよね。
だから「日付」ではなく「植物」を見る必要がある
こういう環境になってくると、今まで以上に大事になるのが、
実際の植物を見ること。
です。
「去年は9月○日に植えたから今年も同じ。」
ではなく、
花芽分化はどこまで進んでいる?
苗は揃っている?
クラウンはしっかりしている?
根の状態は?
定植後の気温は?
高温が何日続きそう?
そこまで確認して判断する。
カレンダーを見る農業から、
植物とデータを見る農業へ。
今後は、こういう部分がさらに重要になるんじゃないかなと思います。
3.2と3.5だけでは、答えは出せない
ということで、今回の結果は、
3.2。
そして3.5。
数字だけを見れば、前より進んでいることは分かります。
でも、
「3.5だから○日に植える!」
と機械的には決めません。
もう一度、細かな分化段階を見る。
苗ごとのばらつきも見る。
苗そのものの状態も見る。
そして定植予定日以降の天気予報を見る。
花芽分化指数
+
苗の状態
+
定植後の気温
このあたりを組み合わせて、今年の定植日を決めていきます。
数字があるからこそ、最後は人が判断する
農業でも、データを使うことが増えています。
温度。
湿度。
CO2。
日射。
花芽分化指数。
いろいろな数字を見ることができます。
でも、数字が増えれば、自動的に答えが決まるわけではありません。
むしろ数字があるからこそ、
「この数字をどう読むか」
が重要になります。
データは、答えそのものではなく、
判断するための材料。
今回の3.2と3.5も同じです。
数字を見て。
苗を見て。
天気を見る。
そして最後に、
「今年はこの日に植えよう。」
と決めます。
早すぎず、遅すぎず。今年の定植日を決めます
ということで、今年もまた、
天気予報。
苗。
花芽分化の数字。
この3つを見ながら、
「いつにする?」
と悩んでいます(笑)
早く植えたい。
でも、早すぎるのは怖い。
遅くすれば安心。
でも、収穫は遅れる。
早すぎず。
遅すぎず。
毎年同じことを言っていますが、これが難しい(笑)
そして近年は、秋の気温が高くなってきたことで、その判断はさらに難しくなっています。
だからこそ、去年の日付だけで決めない。
今年の苗を見て。
今年の気温を見て。
今年の花芽を見て。
今年の定植日を決める。
この定植日が、次の越後姫シーズンのスタートになります。
PS:
「3.2と3.5です。」
いちごを作っていない方からすれば、完全に暗号ですよね(笑)
でも私たちにとっては、その数字を聞いた瞬間から、
「あと何日かな?」
「このあとの気温どうなる?」
「もう一回調査した方がいいかな?」
と、頭の中が一気に定植モードになります。
今年の定植日はいつになるのか。
もう少し苗と相談しながら決めたいと思います。
苗が「もう大丈夫!」って喋ってくれたら、一番楽なんですけどね(笑)