傘を買いに行って気づいた。人は「欲しい」だけで物を買うわけじゃない

傘を買いに行って気づいた。人は「欲しい」だけで物を買うわけじゃない

ジャスコに、上の子の傘を探しに行きました。
うちらの世代は、まだジャスコですよね(笑)

2年生までは、雨が降ったらカッパでの通学。
でも、3年生からは傘での通学がOKになる。

それで嫁さんに、
「いちかの傘、買いに行きたいんだけど」
と言われました。

僕は、
「まだカッパでいいんじゃないの」
と言ったんですが、返ってきたのはこんな言葉でした。

「学年が上がってくると、カッパだと恥ずかしいっていうのがあるみたいだよ」

へぇ、そうなんだ。
正直、そのときは少し意外でした。

でも言われてみれば、たしかにそういう時期ってある。
機能だけで物を選ばなくなる時期です。

とはいえ、いちかってあんまりそういうの気にしなさそうなんだけどな、と思いながらも、傘を買いに行くことにしました。

傘売り場には、子どもの成長が並んでいた

売り場に着いてみると、傘ってほんとに色々ある。

キャラクター。
柄もの。
透明のやつ。
ちょっと大人っぽいやつ。

見ているだけでも、けっこう面白い。
子ども用の傘ひとつとっても、ちゃんと「その子がどう見られたいか」に合わせて作られてる感じがしました。

かわいいものもある。
目立つものもある。
いかにも小さい子向け、という感じのものもある。
逆に、少し背伸びしたようなデザインもある。

で、見ていたらふと思ったんです。

人がものを買う理由って、欲しいからだけじゃないな、と。

恥ずかしくないように。
浮かないように。
周りから変に見られないように。

そういう理由も、立派な購買理由なんですよね。
むしろ、時には「欲しい」より強いことがある。

行動心理学でいうと、人は「得たい」より「避けたい」で動くことがある

この感覚って、行動心理学で考えるとすごく自然なんだと思います。

人はよく、何かを手に入れたいから行動すると思われがちです。
でも実際は、それと同じくらい、いや場面によってはそれ以上に、
「嫌な思いを避けたい」
「恥をかきたくない」
「失敗したくない」
という気持ちで動くことがある。

たとえば大人でもそうです。
服を買うとき。
車を選ぶとき。
手土産を買うとき。
全部「これが好きだから」だけでは決めていない。

変に思われないかな。
場違いじゃないかな。
安っぽく見えないかな。
そういうことを、無意識にかなり気にしている。

子どもも同じで、いや、むしろ子どもの方がその感覚は強いのかもしれません。

なぜなら子どもの世界って、大人以上に「周りと同じ」が安心につながるからです。
教室でも。
通学でも。
持ち物でも。

少し違うだけで目立つ。
目立つと、からかわれることもある。
何も言われなくても、自分だけ違うと気になる。

だから、子どもにとっての買い物は、単なる機能の選択じゃない。
「その物を持って集団の中に入っても大丈夫か」を確認する行為でもあるんだと思います。

「濡れないこと」より「浮かないこと」が大事になる時期がある

小さい頃って、物を選ぶ基準がすごくシンプルです。

好きなキャラクター。
好きな色。
なんか楽しそう。
それで決まる。

でも学年が上がってくると、そこに別の基準が入ってくる。

それが、
「みんなと比べてどう見えるか」
という視点です。

この視点が入ってくると、選び方が変わる。

目立ちすぎないか。
子どもっぽすぎないか。
逆に背伸びしすぎてないか。
自分の学年で持っていて変じゃないか。

つまり、濡れないことより浮かないこと。
便利さより安心感。
その基準が強くなってくる。

これって、一見すると消極的な選び方にも見えるけど、僕はそうは思いません。
むしろ、自分がどんな場所にいて、どう見られていて、その中でどう振る舞いたいかを考え始めたということです。

それはちゃんと成長です。

「自分の好き」だけで選んでいた世界から、
「周りの中での自分」も見ながら選ぶ世界へ移っていく。
その変化が、傘売り場にも出ているんだなと思いました。

人は合理的に選んでいるようで、かなり感情で選んでいる

傘だけ見れば、答えは単純です。
雨を防げればいい。
壊れにくければいい。
軽ければいい。

でも実際は、それだけで決まらない。

大人だって、同じ性能なら見た目で選ぶし、
見た目が同じなら「なんとなくこっち」で選ぶ。
その「なんとなく」の中には、安心感や納得感や、周囲との関係がたくさん入っている。

行動心理学って、そういう「人はいつも合理的じゃない」という前提で人を見る学問なんだと思います。

得だから選ぶ。
便利だから選ぶ。
正しいから選ぶ。

もちろんそれもある。
でも実際には、
恥ずかしくないから。
安心できるから。
みんなとズレすぎないから。
自分らしくいられるから。
そんな理由で人は動く。

それは弱さじゃなくて、人としてすごく自然なことなんでしょうね。

買い物は、その人の「今」を映す

だから買い物って面白いんですよね。

何を選ぶかを見ると、その人が今どこにいるかがちょっと見える。

とにかく好きなものを選ぶ時期。
人と違っても気にしない時期。
逆に、少しでも浮きたくない時期。
背伸びしたい時期。
落ち着いたものを選びたくなる時期。

どれも、そのときの自分にちゃんと合っている。

そう考えると、傘売り場って単なる日用品売り場じゃない。
子どもの成長が、静かに並んでいる場所でもあるんだなと思いました。

しかもその変化って、毎日一緒にいると意外と気づきにくい。
背が伸びたとか。
話し方が変わったとか。
そういうわかりやすい変化だけじゃなくて、物の選び方にも成長は出る。

「これ、ちょっと子どもっぽいかな」
みたいな感覚が出てくるのって、けっこう大きな変化です。

その瞬間に立ち会えるのは、親として面白いなと思います。

売る側も、「機能」だけじゃなく「気持ち」を見ないといけない

こういうことを考えると、商売にも通じるなと思います。

売る側って、つい機能を伝えたくなります。
軽いです。
丈夫です。
便利です。
長持ちします。

もちろん、それは大事。
でもお客さんが買う理由は、そこだけじゃない。

それを持っていて安心できるか。
これを選ぶ自分に納得できるか。
人に贈っても恥ずかしくないか。
家族に出しても嬉しい気持ちになれるか。

そういう感情の部分が、最後のひと押しになることが多い。

苺の花ことばのいちごでも、きっと同じです。

おいしいから買う。
もちろんそれはある。
でもそれだけじゃない。

大切な人に贈っても安心だから。
ちゃんとしたものを選んだと思えるから。
家族で食べる時間が少し嬉しくなるから。
そんな理由も一緒に選ばれているんだと思います。

人は、物だけを買っているわけじゃない。
その先にある気持ちも買っている。

傘売り場でそんなことまで考えるとは思わなかったけど、案外、日常の買い物って深いです。

最後に選んだのは、いちごのヘタみたいな緑の傘でした

で、最終的に選んだのは、いちごのヘタみたいな色の緑の傘。

派手すぎない。
でも地味すぎない。
子どもっぽすぎない。
でも背伸びしすぎてもいない。

たぶん、今のいちかにちょうどよかったんだと思います。

そういう「ちょうどよさ」を自分なりに選んでいくのも、成長なんでしょうね。

子どもは毎日少しずつ変わっていく。
でも、その変化は大きな出来事の中だけじゃなく、傘を選ぶみたいな、なんでもない場面にも出る。

だから面白いし、だから見逃したくない。

人がものを買う理由は、「欲しいから」だけじゃない。
恥ずかしくないように。
安心できるように。
自分がその場になじむように。

そういう気持ちも含めて、人は選んでいる。

そしてたぶん、それに気づき始めたとき、子どもはまたひとつ大人に近づいていくんだと思います。

PS
いちごのヘタみたいな緑の傘って書くと、なんかうちっぽいなと思いました。
親としては、ちょっと嬉しい色の選び方でした。